昔から日本でも健康と美容のために愛用されていたプラセンタ。

混元(こんげん)と呼ばれていたほか、紫河車(しかしゃ)とも呼ばれていました。

 

金沢に行くたびに気になっていたのですが、

老舗薬屋さんでこの混元を扱っているのです。

 

江戸の昔から普及していたプラセンタ配合丸薬「混元丹」。

今も飴や健康サプリメントとして同じ薬屋さんが販売しています。

 

当時は現在の技術とは大きくかけ離れていたはずですからプラセンタがどういう状態だったのか、

製造過程はどのように?と、とても気になります。

 

その「混元丹」を作っていた江戸時代からの老舗が、記念館になっています。

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『金沢市老舗記念館』石川県金沢市長町2丁目2番45号

HPです http://www.kanazawa-museum.jp/shinise/top.html

老舗記念館の概要はこの通り!

藩政時代からの薬種商であった「中屋薬舗」の建物を昭和62年、

金沢市が中屋家から寄付を受け、文化財的に価値のある外観を保存し、

藩政時代の商家の面影を残す「店の間」などを復元するとともに、

伝統的町民文化の展示施設として平成元年4月1日に開館したものです。

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中屋家は、天正7年(1579)に彦兵衛が薬種業をはじめ、

藩政初期から南町に店舗を構えた代表的な老舗で、

特に五代藩主綱紀から御殿薬の処方を拝領し、

以後代々町年寄り等をつとめた格式の高い家柄です。

移築前の建物は、明治11年(1878)明治天皇行幸の際に御在所とともに建築され、

大正8年(1919)改築されました。

 

薬種商の中屋家が所蔵していた道具は登録有形民俗文化財となっており金沢市が保管しています。

記念館であるお屋敷の中は老舗らしく、

ゆったりとした間取りです。

建物は江戸時代の南町から移築されて現在の位置にあるようですが、

お庭も作られ外に出ることも出来ます。

屋内には期間限定ですが「加賀手まり展」や「花嫁のれん展」など金沢らしい綺麗な展示がありました。

お目当てのプラセンタ、

「混元丹」の文字も当時のお店部分にあたるところの看板に堂々と。

メイン商品だったのですね。

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江戸時代は人の胎盤を使っていたそうですよ。

現在では豚とのこと。

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プラセンタの効果って江戸時代から注目されていたのですね。

最初に使ってみた人はエライ!と思ってしまいます。

プラセンタに関しては日本では現時点ではですが、

江戸時代以降遡る記録が見つけられません。

しかしその使用起源は世界的に見ての江戸時代を遥かに遡るのではないでしょうか。

かのクレオパトラや楊貴妃まで…

本当かしら、そうだったらスゴイ!

もっと調べてみたい気がします。

そのためには何語が出来ればよいのかしら…

また、課題が出来ました。

老舗記念館、機会がありましたら是非お寄りくださいませ。

古都の江戸時代の老舗の雰囲気が味わえます。

 

最後までお付き合いくださってありがとうございます。

また次回。