立川晴の輔1真打になって1年たった晴の輔さんと1年ぶりにお会いしました。

image 立川晴の輔3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落語は昔から大好きですが、晴の輔さんがいらっしゃる立川一門はまた別の意味でも話題満載の一門で目が離せません。

 

大師匠は故立川談志さん。

 

談志さんが設立した立川一門のシステムはとってもユニークでした。

他にはない家元制、上納金制度を採用していました。

A、B、Cコースありましてそれぞれ芸人、芸能人、一般人と別れています。

上納金をおさめれば一門になれるというもの。

これですでに笑えました。

 

当時はずいぶん話題になりましたね。

 

北野武さんも芸能人コースで入門しましたし。

 

この制度、今は新制度になっていて家元や上納金のシステムはもうなくなったそうです。

談志さんらしいシステムだったのですね。

 

立川晴の輔さんは、立川談志さんの一番弟子の立川志の輔さんの一番弟子。

志の輔さんも晴の輔さんも「お二方とも一番弟子同士」なのですが、これまた聞いてみるとおもしろい。

お二方ともその前に入門した弟子がことごとく辞めていったそうでそれで一番弟子になってしまったのだそうです。

 

一昨年、2013年12月に真打になった晴の輔さん、さぞかし道のりにご苦労があったのではと思っていました。

その苦労話、昨年じっくりうかがいました。

立川流以外の一門は、落語の高座は末広亭やら鈴本といった寄席で席をもって実績を積み重ねていくのが普通です。

しかし、立川流は流祖立川談志師匠以来一切寄席に出ません。

寄席での実績がつめないとなると、自分で仕事場を開拓していくしかない(そうです)。

真打になりたいと志の輔師匠に打ち明けた晴の輔さん(当時は志の吉さん)。

言われた言葉は、

「しめせ!」

の一言。

真打にふさわしいかどうか「しめせ!」、見せろ!と言うことなのでしょう。

そこから大奮闘。

あちらこちらの会場を手配し、独演会を開催しその様子を師匠にみてもらう。

その結果お許しが出るか、どうか。

独演会でも落語会でもプロモーターがいて初めてなりたつのを全部一人で一から行わなければならなかったようです

それも1回や2回ではありませんから…

スポンサー探しやら、広告宣伝、お客さん集めに師匠との連携。

人気商売なので、せっかくやってもお客さんが入らなければ何もならない。

客席も埋めなければ。

でも、当時の晴の輔さん、ファンが既に大勢いて階段まで連日埋まって大入りだったそうです。

 

真打になれば名前も変わります。

「晴の輔(はれのすけ)」に決まるまで、いくつかの候補の中で師匠のご機嫌で日によってチョイスが変わるそうな。

 

結局は「晴の輔」に落ち着きましたね。

 

そのおかげで増えたお仕事があるそうです。

 

そう!

結婚式の司会です。

名前がおめでたいのでお呼びがかかるのだそうですよ。

 

一年ぶりでお目に掛かり楽しく過ごせたのも真打になってお話がより充実していたから。

噺家さん、しかも真打だから当然と思うかもしれませんが、晴の輔さんはなんといっても話題が幅広い。

高座でも本題に入る前に「まくら」といって本題につなげるお話をするので、みなさん話題は豊富。

よく勉強なさっている。

聞いている人が「ああっ」と思うような気付きとか、知っていることとか共通の話を盛り上げる話題が「まくら」には不可欠です。

 

晴の輔さんの場合、話題の幅はもちろんですが対象となるお客さんの幅が広いのです。

小学生からお年寄りまで。

寄席のお客さんって、だいたいお年寄り。

通常小学生のお客さんって寄席にはあまりいませんよね。

でも、そこは立川一門。

 

お客さんは自分で探さなければならない環境ですもの。

小学校訪問を自分からするそうです。

どういう話が小学生にうけるか、

どのトーンの声がいいのか。

所作も含めてあるのですって。

そのあたりが、今までの学校訪問の数が半端じゃないだけ培われているのです。

これって結構めずらしいいと思います。

 

ご自身でも得意とおっしゃるだけあって、同じ場に子どもとお年寄りがいても、盛り上げられるそうです。

 

そのあたり寄席とは違う現場が多いからこそですね。

 

経験と努力とセンスだな~としみじみ思いました。

 

晴の輔さん、ファン層をますます拡げこれからもがんばれ!

 

東京、今夜雪の様です。

年に数回しか降らないので、降雪すると大騒ぎの東京ですが、お住まいの方くれぐれも御足元お気をつけて。

最後までお読み下さってありがとうございました。

また次回!